目次
- ● 主要地方道・道道135号美唄富良野線とは?
- ● 道道135号の「富芦道路」と「幌子道路」
- ● 景勝地・三段滝
- ● 幌子道路区間「東美唄トンネル」周辺のクセのある地質
- ● 前身道路時代から美唄の石炭を支えた道
● 主要地方道・道道135号美唄富良野線とは?
今回紹介する動画は、2024年8月にそれまでの未開通区間だった17.3kmが開通した主要地方道・北海道道135号美唄富良野線です。
この道路は前身道路時代の1987年(道道135号の正式誕生は1993~4年)に整備が着工している為、37年もの年月をかけて全線開通した事になります。
また、特に2010年代以降に何度も開通予定が延期され、「本当に開通するのか?」と一般道民から思われていた路線でもありました。

【記事動画】
総工費259億の衝撃…あの道路がこんなに時間がかかったわけ【北海道ドライブ・道道135号美唄富良野線】
本動画では「北海道は開通詐欺だ」「まるでオオカミ少年のようだ」とまで揶揄された、その経緯や背景を深堀しています。
尚、動画及び記事の映像・画像は7月30日と8月19日撮影のもので構成されています。
● 道道135号の「富芦道路」と「幌子道路」

上の地図にもあるように、道道135号は国道452号との重複区間を挟んで富良野~芦別間が「富芦道路」、芦別~美唄間が「幌子道路」と呼ばれています。
画像は富芦道路区間の富芦トンネル前。
路面状況から見ても分かるように、供用開始からそれなりに時間が経過しています。実際、富芦道路の開通は1998年でした。

こちらは幌子道路区間の東美唄トンネル前。
まだアスファルト路面には真新しさが残っています。
何かと問題になったのは、この幌子道路区間の未開通だった17.3kmでした。実に未開通区間にかけられた総工費は259億円にも上っています。
● 景勝地・三段滝

動画内では構成の都合上、幌子道路区間の手前にある(富良野側から道道135号を進んだ場合)芦別市の観光名所・三段滝には触れませんでしたので、本記事にて掲載します。

落差が大きく三段に見えることが名称の由来ですが、実際は幾重にもたい積した砂岩層が地殻変動で上下にずれて河床が階段状になり、落差10m、幅7mの大きな滝を構成しています。小さいものを含めて10個以上の滝の集合体になっているとの事。

● 幌子道路区間「東美唄トンネル」周辺のクセのある地質
幌子道路区間の工事進行が思うように進まなかった要因の一つとして、当初の計画ルート上に地滑り・雪崩の危険性が露見して、東美唄トンネルを新設しなければならなくなった事があげられます。



これらは東美唄トンネルの周辺画像です。
実は東美唄トンネルを美唄側へ進むと三菱美唄炭鉱という美唄で最大、三菱系炭鉱でも国内最大規模の石炭採掘地がありました。その炭鉱と地続きのような山間部が東美唄トンネル周辺ですから、イメージ的に「脆い」印象があります。
もちろんこれはあくまで素人考えなので、深い学術的根拠までは分かりません。
● 前身道路時代から美唄の石炭を支えた道
幌子道路を美唄ダム管理所まで来ると、長らく未開通だった区間は終了。以降、国道12号交点(道道135号の起点)まではずっと以前から繋がっていた区間となります。
この周辺には戦前・戦中・戦後を通して日本を支えてきた "美唄の石炭" の確かな足跡が点在しています。

今は無人地帯となった地域に残っていた、恐らく石炭最盛期時代に使用されていたであろう古い橋。

これは1980年に建立された「炭山(やま)の碑」。
炭鉱で亡くなった人々の鎮魂の意味を込めて「我路ファミリー公園」に設置された、美唄出身の彫刻家・安田侃(かん)氏によるものです。
三本の石柱が空に突き出してそれぞれの空間に向かって細くなっているデザインは、かつて地下深くで働いていた炭鉱夫が、閉山でこの地を去って行った姿を抽象的に表現しているとの事。

碑文が胸を打ちますね。


動画の終盤では、炭鉱夫にも深く愛された「美唄焼き鳥」の紹介もあります。画像の店舗は有名店「たつみ」さん。
今回の動画では、道道135号の泥沼の経緯を余すことなく伝える内容になっています。また、ブログ筆者の動画としてはイラストをこれまでにない頻度で多用しており、非常に物語としても分かりやすい構成・進行にもなっています。
北海道の道路行政という "堅いテーマ" かもしれませんが、興味のある人には注目していただけるレベルの作品だと自負しておりますので、良かったらクリックしてじっくりご覧ください。


















































